最近また創作熱が戻ってきたようで、絵を描くのが楽しくなってきました!
また沢山絵を描きたいです。
そんな中、Twitter上で『感想について』の話題が流れるようになり、私も気になったので話題に乗っかることにしてみました。
私的には『感想を伝える事』も一種の創作活動だと思ってます…。しかも送る側も貰う側も、相手に敬意がある上で成り立つものだから割と難易度高め…。どちらかが一方通行になって、それでどちらかが不快になるなら『その相手個人』との関係及び距離感を見直す機会になるかと…。
— 星野うと❄️暖房が欲しい (@rainbow_UT) January 7, 2020
私的には『感想を伝える事』も一種の創作活動だと思ってます…。しかも送る側も貰う側も、相手に敬意がある上で成り立つものだから割と難易度高め…。どちらかが一方通行になって、それでどちらかが不快になるなら『その相手個人』との関係及び距離感を見直す機会になるかと…。
上記ツイートにて、比較的反応をいただけたので深堀りしてみようと思います。
感想を文章化して相手に伝える
正直文章書くのも大変です。
自分の感じたことを相手に伝わりやすく、また、分かりやすく文章化することの難しさたるや…。
語彙力底辺の人間にとってこの上ない苦行ですよね。
それでも感想を相手に伝えたい…!とひーひー言いながら文章を考えるのは、相手に喜んでもらいたい一心からだと思います。
つまり、喜んでもらうために感想を書くのと同じですね。
※今回、誹謗中傷については特に書きません。
創作作品を見てもらい感想をもらうこと
ここで、私の価値観をお伝えします。
- 作品を見て
- 感動する
- その想いを伝えたいから
- 感想を送る
この1連の流れの間に、人がその作品に対してかけてる時間は、働いていればお金が貰えていた時間です。
お金に変わる、価値のある時間をかけてもらっている時点で、作者側も鑑賞してくれた相手に対して敬意を払うべきだと私は思います。
私的に、自己満足でいいなら公開しなければ良いだけの話で、公開している=誰かに見てもらいたいのと同義だと捉えます。
その上で、作品に対して感想をもらったら、作者はその相手に対して、どんな形であれ感想をもらったことについて『感謝・ありがとう』の気持ちを伝える必要があると思います。
感想を送って分かること
あとは、感想を送る側ともらう側が、双方に対してどういう人間関係を構築していきたいかによって対応が変わります。
ぶっちゃけ、自分がどうでもいいと思う相手なら交流する必要もないですよね?
・感想を送って相手から反応がない。
・感想を送って縁を切られた。
等と、自分に非が特になく、また相手に特別な理由もなく自分が不快になる対応をされた場合は、相手にとって自分はどうでもいい対象だったってことが分かります。
ですので、その相手との関係性を考える絶好のチャンスだと思います。
自分の事が嫌いな人間を振り向かせようと努力するより、そんな人間との関係はサクッと切って、自分の事を好きと言ってくれる人との仲を深めたいじゃないですか。
自分が上記のように相手から不快な対応された場合でも、その人には二度と感想を送りませんが、他の人に感想を送ること自体は辞めません。
確かにトラウマになるかもしれないけど…。
でも、その時の相手が悪かっただけであって自分は特に悪いことはしてないから、たった1人に拒絶されたところで他の人も全員が自分を拒絶するとは限りません。
ただし、拒絶されたら拒絶された理由を追求する必要はあると思います。
- 相手との元々の人間関係はどうだったかな?
- 信頼関係はあったのかな?
- 文章の内容がおかしかったのかな?
- 別の意味で捉えられちゃったかな?
等…
振り返りをして、自分が今後不快な気持ちにならないように対策を練ることも大事です。
全ては、自分の心の安寧のために。
感想をもらうことは嬉しい!
感想を送ることは、制作者にとってとてもいい事だと思ってます。
私はとても嬉しいです。
気持ちのこもった感想であればあるほど私は嬉しいです。
なので、たった1人に拒絶されたことで自分が「もう二度と感想を送らない!」って不貞腐れることはしないようにしてほしいです。
相手個人が自分と合わなかっただけです。
相手が創作者を代表する人間ではないです。
創作をする人間のうちのたった1人です。
最後に
制作者も読者も、双方の立場から見て楽しい創作であるように、1人1人が真摯に向き合って行動できるといいなと思います。
それではまた!